光の道




 
世界征服やめたみなさんこんにちは。昭和がリサイクルショップの残骸みたいに急速に遠くなった感がするこのごろですけど、
去年途中で放置してた雑誌の整理をするので精一杯。世界征服どころじゃない。STUDIOVOICEとか90年から97年ごろまで
ほぼ全号揃っていて段ボール4箱で50キロぐらいあるものだからどうしたものかと途方に暮れてる。思えば90年代ってなにかと
情報を「物質」としてせっせと溜め込むのに明け暮れるピークだった。雑誌やらCDやらかろうじて生き残ってたカセットテープ、
DVDが普及するまえの弁当箱みたいなVHSテープ。これ全部データ化してしまえばハードディスク一個に入ってしまいそうだけど、
そうするまでもなく今はだいたいその手の中身はネットの中にあってクラウド化しちゃってる。書籍の電子化も加速するだろうし、
もう手元に置いておきたいのは手触り感のある美術書か写真集ぐらいかな。欲しいのが「モノ」よりクラウドの「空気」みたいに
なってくると「所有する」ということの概念が随分と変わってくるんじゃないかと思っていて、よく言われる若者の○○離れは
離れるもなにもはじめっからその辺りの概念が違っているだけじゃないのかと。所有欲が薄いというかどこまでが自分の所有
なのか曖昧な感覚というか。アップルにしてもフロッグデザインのころのマッキントッシュスタンドアローンでもあの筐体を
所有したいという欲望を駆り立てられたけれども、iPhonやiPadはどことなく空気を買うような感覚というか。今後も情報と物質
のハイブリッド化が加速していくとデジタルガジェットはどんどん薄くなっていずれ有機ELみたいにペラペラになって最終的には
空間に浮かぶ光だけになる気がする。クルマもEVになるとホイールがモーターになってリチウム電池はフレームの一部になって、
エンジンなんて概念すらなくなって、クルマはただの薄いハコのような家電となりsonyからナイト2000みたいなおしゃべりな
クルマが登場すると思います。より薄くより直接的な感覚へ。それはオカモトだけの命題ではない。物質を乗り越えて光に到達
しようという人類の意思なのかもしれない。